(2)体調不良が招いた出会い

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 一階に向かいたいと意思表示をしなかったのに、男性は何も聞いてはくれなかったし、自分も立っているのがやっとで操作パネルに触れていなかった。 (あ、……れ?)  そこで、天莉(あまり)は今更のように当たり前のことに気が付いた。  下へ向かうエレベーターならば、箱内に乗っている可能性があるのは天莉のいた階からだと重役か、あるいは彼らのフロアに用があった人のみ。  よくよく考えてみれば、この会社に勤め始めて五年。  階下へ向かうとき、エレベーター内に先客がいたことなんて、数えるほどしかなかった。 「あ……」  思わずつぶやいて開いたドアの先、長々と続く重厚な雰囲気のカーペット敷きの廊下を見た天莉は、思わず小さく声を落としていた。  この、明らかに他の階のライトな雰囲気のタイルカーペットとは一線を画した、重々しい色調の廊下。 (やだ、ここ、最上階……!)  ぼんやりしていたとはいえ、何の用もない一介の平社員が上がってきていいフロアではない。  そう言えばさっき天莉は、エレベーターホールで手探りに呼び出しボタンを押した。  多分その時、「()」を押したつもりで、「()」を押してしまったんだろう。 「――降りないのか?」  箱の中で真っ青になって固まっている天莉を不審に思ったらしい。  ピカピカに磨かれた革靴を履いた男が、初めて天莉に声をかけてきた。  重々しさの中にも艶気(つやけ)を含んだ、低く男らしい声に鼓膜を揺らされて、 「あ、あの、私……」  ――申し訳ありません! 昇りと(くだ)りを間違えて乗り込んでしまいました!  そう申し開きをすべく手すりを離して顔を上げたと同時、目の前がスーッと暗くなった。
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