(10)手のひらの上

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(いつの間に常務へ取り入ったんだ?)  そんな様子、微塵も感じ取れなかったのに。  いや、そもそも――。 (あいつ、横野(こいびと)を裏切るような真似はしないんじゃなかったのか?)  玉木(たまき)天莉(あまり)が、営業課の横野(よこの)博視(ひろし)と、もう何年も恋人関係にあったことは、二人を知る人間ならば殆どの者が知っていた。  そう、それこそ風見も。  少なくとも風見が(あずか)り知っていた限りでは、玉木天莉は少し前の週末――どうやら彼女の誕生日だったらしい――に、横野博視から別れを告げられたばかりで。  「傷心の先輩に追い打ちをかけるのに絶妙のタイミングになってお勧めですぅー」と、を知る紗英(さえ)から(そそのか)されて明けの月曜日、風見は江根見(えねみ)紗英と横野博視の婚約を皆に発表したのだ。  その日のうちに恋敵である紗英の仕事を天莉に押し付けたのだって、天莉をさらに傷め付けるための作戦だった。  そういう諸々(もろもろ)の悪行はすっかり頭の外に追い出して思う。 (玉木め。カマトトぶって、裏では横野くんと常務に二股掛けてたってことか?)  でないと余りにもスピード婚過ぎて辻褄(つじつま)が合わないではないか。  自分は妻と結婚するまでに約二年の交際期間を経てゴールインした。  周りの人間だって、大抵は半年以上の付き合いの末に婚姻へ至っている。 (最初から結婚前提の見合いとかならいざ知らず、それも違うだろ?)  そう思ったら、純朴そうに見えていた天莉のことが段々信じられなくなって……何なら憎らしくてたまらなくなってしまう。  何故なら――。 (玉木め! 私の誘いは断ったくせに!)  実は風見、総務課へ赴任してすぐ、美しい容姿をした天莉のことをかなり気に入って。  どうにも我慢出来なくなり、少し前に金と権力をチラつかせて男女の関係を迫ってみたことがある。  だが、当然と言うべきか。「申し訳ありませんが、私、恋人を裏切る真似は出来ません。今おっしゃったことは聞かなかったことにしますので、課長もご家族を大切になさってください」と突っぱねられてしまった。  可愛さ余って憎さ百倍とはよく言ったもので。
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