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あれ以来、天莉からの何事もなかったかのような己への事務的対応を見るたび。
彼女の清廉潔白とした態度が、若い女子社員に対して不義の心を抱いていたことを妻へ密告されるのではないかという後ろめたさに拍車を掛けて、どうにも傷めつけたくてたまらなくさせた。
(何も知らないバカな高嶺常務に、玉木天莉の二股疑惑をリーク出来ないものか)
――この際、二股云々が、真実かどうかなんてどうだっていい。
客観的事実を羅列してもっともらしく怪文書でも送りつけたら、二人の間に亀裂が生じやしないだろうか。
そう考えると、そうしなければならない気がしてきて――。
実際は、博視と天莉が長いこと付き合っていたことなんて、二人を知る人間ならば大抵みんな知っている。
風見斗利彦が知っていることを、高嶺尽ほどの男が知らないはずがないということをすっかり失念して、そんなことを思って。
だけど――。
(あー、くそっ。高嶺尽と玉木天莉の関係は、まだごく一部の人間しか知らないんだった)
あの場にいた秘書の伊藤直樹、自分以外には、一体誰がこのことを知っているのだろう?
(社長や専務辺りくらいは知ってるのか? それとも――)
考えたらモヤモヤが止まらない。
モタモタしてないで、さっさと婚約発表でも何でもしろよ!
そうすれば、即座に『玉木天莉は不義理な女です。高嶺常務はだまされておられます!』と垂れ込んでやれるのに。
(この辺も江根見部長ならいい様にしてくれるかも知れないよな?)
風見斗利彦は、エレベーターに乗るなり七階の総務課には戻らず、江根見部長のいる営業課のある六階へと向かった。
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