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風見斗利彦を追い掛けるようにして秘書の伊藤直樹が執務室を退室して。
天莉は尽と二人きりで個室に残されたことにドギマギと落ち着かない。
だって。
「あ、あの……放して下さい……」
さっきからそうお願いしているのに尽は一向に握りしめたままの天莉の手を放してくれないのだ。
「どうして? 熱が出てるときには俺が差し出したイチゴを『あーん』だってしてくれた仲なのに」
そんな病気の時の恥ずかしいエピソードまで持ち出してきてじっと天莉を間近から見詰めてくる尽に、天莉はタジタジ……。
「あ、あれはっ、非常事態だったじゃないですかっ。そ、それに……ああしないと常務が……」
「ん? 俺が……なぁに?」
「ゆ、許して下さりそうになかった、から……」
しんどい時にごり押しされたらさっさと流されて早めに休ませてもらおうってなるのは普通だと思う。
なのに――。
「そうだね。だったら今も諦めなさい」
要するに放す気はないよと言外に告げられて、天莉は小さく吐息を落とした。
(もう、本当ワガママ……)
きっと今頃課長は――建前上ではあるけれど――婚約者の高嶺常務と執務室へ残された自分のことを良くは思っていないはずだ。
何しろ風見課長には、以前『色々便宜を図ってやるから私の愛人になれ』と迫られたことがある。
博視との関係がギクシャクしていたのを見抜かれていたのかも知れないけれど、自身が妻子ある身でありながら、恋人のいる女性にそんな不埒なことを言ってくる課長のことを、天莉は心の底から軽蔑して。
それを態度には出さないよう極力努力してその誘いを突っぱねたのだけれど。
あれ以来それまでとは比べ物にならないほど紗英の仕事を丸投げされる率がぐんと上がったのは、きっと気のせいではないはずだ。
――――――
※看病云々については
スター特典『「あーん」して?』
https://estar.jp/extra_novels/26101985
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