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(奥様とお子様のことを思って……私なりに色々気を遣ってるんだけどな)
体調が本気で悪かった時、自分がそう仕向けたくせに、まるで天莉を一人置いておけないみたいにいつまでも帰ろうとしなかった課長に、先に帰るよう促したのだって、それがあったから。
もちろんオフィスで二人きりになって、また前みたいに迫られたら怖いと警戒する気持ちもあるにはあったけれど、天莉は風見斗利彦という男が、存外プライドが高いということにも気付いていた。
一度突っぱねた女性を、恥の上塗りみたいな真似をして再度誘うことはしないだろうと踏んでいた天莉だったけれど……実際その通りで。
そんなどうでもいい矜持ばかりが高くて、やっていることはろくでなしの課長から、変な勘繰りをされるのは絶対にイヤだ。
なのに――。
(これじゃ、そう思われても文句言えないじゃないっ)
直樹がそばにいてくれたなら、こんなことにはならなかったはず。
課長に、こんな風に尽と二人きりでここへ残っているわけではないと思われていることだけがせめてもの救いに思えた天莉だ。
天莉は何を言っても手を放してくれそうにない尽に、半ば諦めモード。
(伊藤さんが戻ってきたら叱られちゃえ!)
そんなことを心の中で念じながら、ほぅっとひとつ小さく溜め息を落としたら、「おや、観念したのかね?」と尽がクスクス笑う。
「高嶺常務が思いのほかお子様なので、私が大人になろうと気持ちを切り替えただけです」
スッと声のトーンを変えて姿勢を正したら、「ほぅ。キミも大概言うようになったね」と、言葉とは裏腹。尽が、とても嬉しそうに破顔した。
その笑顔に、ドキンッ!と大きく心臓が跳ねてしまった天莉だ。
(お、大型犬っ!)
不意に気を許したように天莉へ向けられる尽の笑顔は、日頃のどこか取り付く島もない上役然としたイメージとのギャップで、パンチ力が半端ない。
天莉はふとした時に向けられる、尽のこういう表情が嫌いじゃないから困ってしまうのだ。
「あ、あのっ。私をここへ残した理由って……」
何もこんな風にイチャイチャしたいから、というのが理由じゃないと思いたい。
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