(10)手のひらの上

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 そもそも対・風見(かざみ)課長用への茶番も終わったと言うのに、応接セットから移動していないというのも何気に後ろめたいではないか。 「なぁに、直樹(なお)。お前、もしかして、俺が天莉(あまり)の手を握ったままなのが気に入らないの?」  まるで直樹に見せつけるみたいに繋いだままの手をスッと(かか)げて見せながら、前に天莉(あまり)が寝かせてもらったことのあるフカフカのソファへ視線を注いで――。 「肘掛(ひじか)けなんて無粋(ぶすい)なもので一脚一脚が仕切られていない、あちら側へ移動してないだけマシだと思わないかね?」  悪びれた様子もなく(じん)がククッと喉を鳴らすのを聞いて、天莉はサァーッと血の気が引くのを感じた。  明らかに、尽は直樹を揶揄(からか)って楽しんでいる。 (常務は慣れていらっしゃるのかも知れませんが、私は免疫がないのですっ。お願いだから伊藤さんの言葉を素直に聞いて下さい!)  そう思ってしまう程度には、直樹の静かな怒りはヒヤリとしたナイフを喉元へ静かに突き付けられているような錯覚を天莉に与えるから。  さっき、『伊藤さんに叱られちゃえ!』と思ったのを半ば後悔している天莉だ。  こんな風に尽から手を握られたままでは、自分も叱られているような気分になって、天莉は怖くてたまらない。 「――思いませんね」  直樹は小さく吐息を落とすと、「常務、」と告げるなり、「(ゆる)して欲しい」という言葉とは裏腹。何の躊躇(ためら)いもなく尽の手の甲をギューッ!と思い切りつねり上げた。  途端痛みに耐えかねたように尽の手が天莉の手を解放してくれて。  天莉は慌てて自由になった手を再度捕らえられたりしないよう引っ込めた。 「さぁ、玉木さんはこちらへ」  間髪入れずに差し出された直樹の手を恐る恐る取ると、グイッと引き上げるように立たせてくれて。  そのまま尽の真向いの席へ流れるように移動させられてしまう。 (わー、伊藤さん、手際(てぎわ)いいっ)  天莉はそんな直樹の手腕(しゅわん)を、まるで他人事(ひとごと)のように感心してしまった。
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