(10)手のひらの上

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 そんな天莉(あまり)とは対照的に、(じん)の方はちょっぴり不機嫌。  まぁ自業自得とはいえ、痛い目に遭わされたのだから仕方ないのだが。 *** 「――で、あの男、一人にしてみたらどうだった?」  〝あの男〟というのは風見(かざみ)課長のことだろう。  机上に広げられたままになっていた小豆色(あずきいろ)の婚姻届をおざなりに畳んで端へ滑らせると、尽がすぐそばに立つ直樹へ視線を投げかけた。 「高嶺(たかみね)常務の目論見(もくろみ)通り、六階へ向かいました」 「あの男、プライドだけは高いみたいだからな。あんだけコケにしてやったんだ。すんなりと引き下がってもらっては面白くない」  天莉と尽を向かい合わせに座らせて、自分もどちらかへ着座するのかと思いきや、そこら辺はやはり秘書としての立場をわきまえているのだろう。  直立の姿勢のまま直樹が今見てきたばかりのことを尽に報告した。  そんな直樹に、尽がしたり顔で返すのを見遣りながら、天莉は懸命に思いを巡らせる。  どうやら今の二人のやり取りから(かんが)みるに、自分が課長と一緒に退室させられなかったのは、風見(かざみ)斗利彦(とりひこ)を単独行動にさせて泳がせたいという意図があったようだ。 (単に手を握り続けていたかったから、とか馬鹿みたいな理由じゃなくて良かった)  そんなことはないと分かっていても、尽からの先程までの執着ぶりを思い出すと、ついそんなことを思わずにはいられない。  口を挟んでいいものか戸惑ったけれど、同席させてくれているということは、天莉にも発言権が与えられていると考えても良いだろう。  そう判断した天莉が、「六階って……」とつぶやいたら、 「営業課のフロアだね」  尽が、即座に天莉の言葉を拾って繋いでくれた。  元彼の博視(ひろし)の配属先だから、天莉もそこが営業課なのはよく知っている。  でも――。
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