(10)手のひらの上

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 同じ社内なのだから、天莉(あまり)のいる総務課が営業課と全く関わりがないということは、もちろんない。  けれど用事があって行き来するのは、基本的にヒラである自分たちの役目。  課長クラスの人間がわざわざ出向いていってどうこうということは、そんなにはないはずだ。 「課長は……何故そんなところへ向かわれたのでしょう?」  一度総務課へ戻ってみたら、何かの案件がきていて、とかいうのならまだ分かる。  だが、(じん)の執務室を退室した直後に、というのは明らかに不自然に思えた。  不思議に思ってそうこぼした天莉は、 「さてね。――天莉はこれをどう見る?」  逆に尽から問いかけられて、眼鏡の奥から切れ長の目で、じっと探るように見つめられてしまう。  天莉はその視線に何だかゾクリとして。  今の尽の目つきは、まるで獲物を狙う猛禽類(もうきんるい)のようだ。  こんな表情をしている時の尽は、正直ちょっぴり近付き難い。  天莉は尽の目線から逃れたいみたいに少し視線を落とすと、しばし逡巡(しゅんじゅん)してから、「……江根見(えねみ)部長がいらっしゃるからでしょうか」と、何となく思ったままを口にしてみた。  天莉の勝手な想像だけど、風見課長の紗英(さえ)贔屓(びいき)には、彼女の父親の存在がある気がしてならなかったから。  もしかしたら紗英の父親である江根見(えねみ)則夫(のりお)と、総務課長の風見(かざみ)斗利彦(とりひこ)の間には、天莉の知らない密接な関わりがあるのかも知れない。  それこそ業務とは関係のないところで……。  そんなことをふと考えて恐る恐る尽を見つめたら、彼がニヤリとして「御名答(ごめいとう)」と褒めてくれた。 (高嶺(たかみね)常務は……私の知らない課長と江根見(えねみ)部長の秘密を知ってる……?)  もしかしたらその辺りこそが、尽が天莉との偽装結婚を急いだことに関与しているのかも知れない。  何の根拠もないけれど、天莉は何となくそう思った。
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