(11)タヌキとトリの悪だくみ

4/8
前へ
/482ページ
次へ
***  風見(かざみ)が営業課最奥にある営業部長室へ入ると、部長の江根見(えねみ)則夫(のりお)があからさまに迷惑そうな顔をした。  課長の自分と違って、部長ともなるとこんな風に個室が与えられてうらやましい。  ふてぶてしい面構えの、恰幅の良い男を見詰めながら、課のことは(おおむ)ね係長や課長に見張らせて、自分は個室にこもっていい気なもんだよな……と思った風見だ。  自分も早く出世して、こんな風に個室でふんぞり返れる身分になりたい。  江根見則夫は、確か去年還暦を迎えたばかりのはずだ。  紗英(さえ)が今現在二十三歳なことを思えば、則夫がアラフォーになって出来た一粒種だと分かる。  だからこその溺愛なんだろう。  今年風見は四十八だから、あと十年もすれば自分も部長ぐらいにはなれるだろうか。  ふとそんなことを考えていたら、言葉を(つむ)ぐのが遅れてしまった。 「わざわざキミが営業課(ここ)へ出向いてくるとか……。一体何の用だ」  あからさまに警戒した様子でこちらを見詰めてくる江根見則夫の視線には、『大した用もないのに接触してくるな』と書いてあった。  いくら食べても太れない体質の、鶏ガラのように痩せぎすな自分とは違って、則夫の腹はでっぷりと膨らんでいて(みにく)い。  何を食べたらあんなに太れるんだろう、貫禄(かんろく)があってうらやましいことだと心にもないことを思いながら、風見は愛想笑いを浮かべて見せる。  この会社では、役付き幹部と違って部長程度では秘書はつかない。  要するに誰も入って来さえしなければ、ここは完全に則夫と自分二人きりの個室(くうかん)ということだ。  一応部長室なので気密性は高い。  声を張り上げでもしない限り、室外へ会話が漏れることはないはずだ。
/482ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6545人が本棚に入れています
本棚に追加