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いつものように天莉が作った夕飯を美しい所作で食べながら、尽が唐突に手を止めて言った。
「天莉、近いうちにキミのご実家へ、挨拶にうかがいたいんだが……」
「えっ」
そこで初めて、尽が結婚に際してそんなことを言っていたのを思い出した天莉だ。
今日のメニューは鮭とほうれん草とキノコが入ったクリームパスタ。
食べる直前にお好みで粉チーズを振りかけたそれをチュルリと吸い込んで、天莉は目の前の尽を見詰める。
「お互いの家に挨拶が済むまでは入籍はしないって話したよね? 覚えてる?」
無論尽が言っているのは猫柄が可愛い婚姻届の方だ。断じて小豆色の方ではない。
その証拠に――。
「空けたままにしてある証人欄も、挨拶がてら片方は天莉のご両親のどちらかに、もう片方は俺の父親に埋めてもらう予定なんだが」
挨拶をしたその足で婚姻届まで持ち出す気満々らしい尽の言葉に、天莉は今度こそ瞳を見開いた。
さすがに「初めまして。お嬢さんとお付き合いさせて頂いています」からの、「つきましては婚姻届に署名捺印をお願いしたいのですが」は、余りにも急展開過ぎて実家の両親が付いてこられない気がする。
「高嶺常務のご両親は……初めましての挨拶と同時に結婚します!って宣言されても平気なんですか?」
やんわりと、「それ、おかしいですよ?」と指摘したつもりの天莉だったのだけれど。
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