(12)初めまして。常務取締役をしております高嶺尽と申します

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 臆病な天莉(あまり)は、『違うんです、常務。私、これ以上貴方に()かれてしまったら……うまく仮初(かりそめ)の妻を演じられる自信がないだけなんです』なんて本心を吐露出来るはずもなく。 「あ、あの……違うんです。私、常務が余りにも私を甘やかす発言をして下さったから戸惑っただけで。や、約束を破る方だなんてこれっぽっちも思ってません。信じています」  なんて無難な返ししか出来なかった。 ***  (じん)とともに高速を飛ばして二時間ちょっとのところにある天莉(あまり)の実家を訪れたのは、パスタを夕飯に食べてから、一週間も経たないうちのことだった。  天莉が、「紹介したい人がいるの」と母親に電話したら、『前に話してくれた同期の彼⁉︎ キャー! やっとお相手の方、天莉ちゃんと結婚する気になってくれたのね⁉︎』と畳み掛けられ、『だったら今週末空けとくから必ずいらっしゃい』とルンルンで言われてしまったのだ。  「そんな性急に決めなくてもお父さんに聞いてからでも」と戸惑う天莉に、母は『バカね。お父さん、休みになったらゴロゴロしてるだけなの、天莉ちゃんが一番よく知ってるでしょう? こうなったからそのつもりでいてね?って突き付けるのが一番効果的なのよ?』と畳み掛けられた。  その勢いたるや、口を挟む余地がないくらいで。  というのも実は天莉。  母親からずっと結婚を強く勧められていたのだ。  女性には出産と言う大仕事があるのだから、子供が欲しいと思うのならば二十代の内に嫁いだ方がいい、と言うのが二十歳(はたち)で父親と結婚した母親の持論で。  それこそ二十五を越えた辺りから、頻繁に催促されるようになった見合いの電話にうんざりして、「私、いま、お付き合いしている人がいるから間に合ってる!」と、博視(ひろし)のことをそれとなく(ほの)めかした天莉だ。
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