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尽はスッと目を細めると、「『さん』も要らないって言ったよね?」とスパルタをやめてくれる気配がない。
その言葉に再度「でも」と続けようとした天莉は、「ん?」と尽に見つめられて、その言葉を慌てて飲み込んで。
「じ、ん……」
やっとの思いでそう呼びかけたのだけれど。
「うん、よく出来たね」
途端嬉しそうに微笑まれて、やたらと照れ臭くなってしまう。
そう。尽は天莉の実家へ行くに当たって、天莉に自分への呼び掛け方をどうにかすべきだと言い出したのだ。
「キミはいつまで夫になる男を苗字と役職名で呼ぶつもりなの?」
そう問い掛けられた天莉は、グッと言葉に詰まったのだ。
「俺も家に帰ってまで会社の中みたいな呼ばれ方はされたくないし、そもそも結婚したら天莉も〝高嶺〟になるんだがね? 分かってる?」
そう続けられて、何も言えなくなってしまった。
以来、会社以外で〝高嶺常務〟と呼び掛ける度に先のようなやり取りがあって。
尽はこの点に関しては一切妥協するつもりはないらしかった。
***
「高み……、じ、ん……はうちの実家へ行くの、緊張とかしないの?」
――ですか?
と続けたいのに、『せめて親御さんの前でくらいは、敬語も外せるといいね』などと追加要求をされた天莉は、実家へ向けて移動中の車内でも絶賛喋り方の練習中。
逆にギクシャクしておかしいのでは?と思うのに、何故か尽は天莉に砕けた口調で話されるのが相当嬉しいらしく、天莉が頑張るたびにふっと身にまとう空気が柔らかくなる。
それが、天莉の心をキュッと甘く疼かせるから。
つい無理してみたくなる頑張り屋の天莉だ。
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