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「いらっしゃい」
天莉が「ただいま」と声を掛けてカラカラと玄関扉を開けるなり、パタパタとスリッパの音を響かせて、満面の笑みを浮かべた母――祥子に出迎えられた。
その後ろからゆったりと父――寿史が姿を現して。
二人して天莉の後ろに控えた尽に全神経を注いでいるのが分かった。
その視線に気付いた天莉が、玄関の引き戸をグーッと押して全開にしたら、自分のすぐ横へ尽が並んで。
ほんのちょっとだけ肩が彼の腕に触れた。
途端、天莉の心臓がバクバクとやかましく騒ぎ立てたのは、尽が天莉より二〇センチちょっと背が高くて、やたらと自分との違いを感じさせられたからだろうか。
そう。それだけでも天莉はノックアウト寸前なのだ。
なのに背後から吹き抜けた風が、尽が身に纏う香水――一緒に住むようになってBVLGARIのプールオム オードトワレという銘柄だと知った――の香りをふわっと天莉の鼻先へ運んで追い打ちをかけてくるから。
天莉の心臓は今にも口から飛び出してしまいそうに忙しなく飛び跳ねる。
「あ、あの……こちら――」
お陰様で自分の実家なのに、やたらと緊張して震える声で彼を紹介する羽目になった天莉だ。
だが、天莉のテンパり具合を察してくれたのだろう。
「初めまして。天莉さんと同じ会社で常務取締役をしております高嶺尽と申します」
尽が天莉の声を引き継ぐように、落ち着いた声音で自ら自己紹介をしてくれた。
安定の低音イケボなバリトンボイスは、それほど声を張ったわけでもないのによく通って。
名乗りを上げるなり、新入社員へお辞儀の仕方を教える際に使用するテキストさながら、上体を三〇度ほど倒して優雅な敬礼をした尽が、天莉には物凄くカッコよく見えた。
高嶺尽は、どんな時も立ち居振る舞いに気品があって美しい。
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