(12)初めまして。常務取締役をしております高嶺尽と申します

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*** 「いらっしゃい」  天莉(あまり)が「ただいま」と声を掛けてカラカラと玄関扉を開けるなり、パタパタとスリッパの音を響かせて、満面の笑みを浮かべた母――祥子(さちこ)に出迎えられた。  その後ろからゆったりと父――寿史(ひさし)が姿を現して。  二人して天莉の後ろに控えた(じん)に全神経を注いでいるのが分かった。  その視線に気付いた天莉が、玄関の引き戸をグーッと押して全開にしたら、自分のすぐ横へ尽が並んで。  ほんのちょっとだけ肩が彼の腕に触れた。  途端、天莉の心臓がバクバクとやかましく騒ぎ立てたのは、(じん)が天莉より二〇センチちょっと背が高くて、やたらと自分との違いを感じさせられたからだろうか。  そう。それだけでも天莉はノックアウト寸前なのだ。  なのに背後から吹き抜けた風が、尽が身に(まと)う香水――一緒に住むようになってBVLGARI(ブルガリ)のプールオム オードトワレという銘柄だと知った――の香りをふわっと天莉の鼻先へ運んで追い打ちをかけてくるから。  天莉の心臓は今にも口から飛び出してしまいそうに(せわ)しなく飛び跳ねる。 「あ、あの……こちら――」  お陰様で自分の実家なのに、やたらと緊張して震える声で彼を紹介する羽目になった天莉だ。  だが、天莉のテンパり具合を察してくれたのだろう。 「初めまして。天莉さんと同じ会社で常務取締役をしております高嶺(たかみね)(じん)と申します」  尽が天莉の声を引き継ぐように、落ち着いた声音で自ら自己紹介をしてくれた。  安定の低音イケボなバリトンボイスは、それほど声を張ったわけでもないのによく通って。  名乗りを上げるなり、新入社員へお辞儀の仕方を教える際に使用するテキストさながら、上体を三〇度ほど倒して優雅な敬礼をした尽が、天莉には物凄くカッコよく見えた。  高嶺(たかみね)(じん)は、どんな時も立ち居振る舞いに気品があって美しい。
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