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「……ごめんなさい」
それでもしどろもどろ。
懸命に粗相を謝ったのだけれど。
自身も靴を脱いで天莉のパンプス横に丁寧に揃え置いた尽から「謝られるより有難うって言われる方が嬉しいな?」と、微笑まれて。
ほんの一瞬だけ慈しむようにスリリッ……と頬を撫でられた。
その手つきの優しさに、天莉は尽から本当に愛されているのではないかと錯覚しそうになって、慌てて心にブレーキを掛ける。
(もう! この人ってばホント人たらしっ!)
さっきみたいにキッと睨み付けたいのに、照れ臭さが先行して上手く出来なくて。
そればかりか情けないことに瞳が自然と潤んでしまう。
それをどうにか誤魔化したくて呆然と立ち尽くしていたら、「どうしたの? 天莉」と頬に触れられて上向かされた。
絶対分かっていてやっていそうなその余裕綽々な態度にムッとして、
(全部全部貴方のせいです!)
そう抗議したい天莉だけれど、そんなことを言ったら逆に『どうして?』と問われそうで出来ない。
「もう、二人とも玄関先で何楽しそうなことしてるの? 早くいらっしゃい」
いつまでもついて行かなかったからだろう。
まるでイチャイチャしている恋人同士を見つめるような生温かい視線を母親から向けられて、天莉は頬へ添えられたままの尽の手から慌てて逃げた。
そんな娘に祥子がバナナを抱き上げながら、「あらあら、天莉ちゃんは照れ屋さんね」と苦笑して。
天莉には、いつの間にか天城だけでなく猫の弟も出来ていたらしい。
「お、お母さん、誤解っ! これ、そういうんじゃないからっ」
慌てて母親に言い訳をする天莉の腰へ尽がさり気なく手を添えて、「お母様も黙認して下さるようだし、行こうか、婚約者殿」と微笑んでくる。
(高嶺常務! どこまで私を追い詰めるおつもりですかっ)
その芝居がかった物言いと、ガッツリ掴まれた腰に、天莉は心の中、呼び慣れた〝高嶺常務〟と呼びかけて、懸命に抗議した。
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