6542人が本棚に入れています
本棚に追加
***
応接間に通されて天莉の両親が着座する直前。
尽が予め用意していた手土産を差し出した。
「天莉さんからお二人は和菓子がお好きだとおうかがいしまして……。お口に合えば良いのですが」
言って、猫を抱いていない寿史に手渡したのは、大正十年創業の老舗和菓子屋『桜猫堂』の〝ラム薫ドラ〟だ。
卵がたっぷり使われた、しっとり生地に包まれた北海道産大納言小豆を使用したあんに、絶妙の配合でマイヤーズのラム酒に漬けたレーズンが混ぜ込まれた一品で、頬張った瞬間ラム酒の芳醇な香りが口の中いっぱいに広がる大人のどら焼き。
レーズンは好き嫌いのある食材だが、天莉からのリサーチで、玉木夫妻が北海道土産で有名な、ラムレーズン入りのバターサンドが大好物だというのも織り込み済みの尽だ。
それが好きならこのどらやきも気に入ってくれるはずだと白羽の矢を立てたのだが、人気商品のため入手には結構苦労して。
結局最終的には見かねた直樹が、新幹線を使って九州まで出向いて買ってきてくれた。
もちろん、天莉にはその辺のことは内緒にしてあるし、直樹にも口止めしてある。
(気合いが入り過ぎだと叱られてしまいそうだし……何より直樹頼みだったというのが情けないしな)
実際には自分で買いに出向きたかった尽だが、山積みの仕事を指し示されて、直樹に思いっきり反対されてしまった。
『どら焼きぐらいわたくしがいくらでも買って参りますので、高嶺常務は自分の業務をしっかりこなしてください。もし帰社してみて仕事が出来ていないようでしたら……どうなるか分かりますよね?』
ビシッと言い渡された言葉は、口調こそ秘書モードだが完全に友人の伊藤直樹としてのモノに近かった。
きっと直樹が満足のいく仕事を出来ていなかったなら、今頃ラム薫ドラはここにはなかっただろう。
とはいえ、直樹は尽が天莉の看病を買って出てからこっち、天莉との交際に結構協力的なことも確かだ。
――――
『桜猫堂』の〝ラム薫ドラ〟のモデルにしたどら焼きのこと、エッセイに上げています。
https://estar.jp/novels/26049096/viewer?page=388
もし宜しければ♥
うなの
最初のコメントを投稿しよう!