(12)初めまして。常務取締役をしております高嶺尽と申します

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 恐らくは、(じん)天莉(あまり)のことを本気で気に入っていることに気付いているからだろう。 (最初は都合の良い相手ってだけのはずだったんだがな)  一緒に過ごせば過ごすほど、尽にとって玉木天莉の存在が大きくなってきている。  家庭的で誠実で頑張り屋な天莉は、健気すぎて尽には(まぶ)し過ぎるほどで。  自分のすぐ隣に立つ天莉を見るとはなしに見下ろして、尽は心の中で小さく吐息をついた。 *** 「これはこれは丁寧に恐れ入ります」  礼を言った寿史(ひさし)が尽から手渡された紙包みを見た祥子(さちこ)が、ぱぁっと口元をほころばせた。  手渡されたばかりの箱は、真紅(しんく)地に桜の木と、その下で花びらに片手を伸ばす一匹の三毛猫が描かれた特徴的なもので。  天莉も尽から見せてもらった時、「可愛い」と思ったのを覚えている。  だが祥子はそれを見るなりすぐ「まぁ! 桜猫堂(おうびょうどう)のラム(くん)ドラ!」と悲鳴に近い歓喜の声を上げて。 「私、これ、ずっと食べてみたかったの。ねっ!? お父さん!!」  なんて率直な感想を漏らした。  そんな祥子のはしゃぎっぷりに、彼女の腕に抱かれていたバナナがうるさそうに祥子の手をすり抜けて床へ飛び降りてしまう。 「あんっ、バナナちゃんっ」  バナナに逃げられたことが心底悲しかったと言う顔をする祥子を、「お前が大きな声を出すからだろう」と寿史がたしなめて。 「とりあえず、これ」  と、ソワソワした様子の祥子へ手土産に貰ったばかりの箱を手渡した。  そんな両親のいつもと変わらないドタバタぶりに、天莉が「すみません、落ち着きのない両親でっ」と恥ずかしそうに身を縮こまらせる。  だが尽には、そんな天莉の姿でさえ好ましく思えてしまう。 「いや、構わんよ。喜んで頂けたようで光栄だ」  天莉にだけ聞える小声でそっと耳打ちしたら、慌てたように耳を押さえて真っ赤になるのがまた愛しくてたまらないと言ったら天莉は怒るだろうか。
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