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「どうぞお座りください」
祥子が緋色の箱を抱えて台所へ嬉しそうに去っていくのを見詰めてから、寿史に促された天莉と尽は、出入り口付近――下座に正座した。
と、尽が座るのを待っていました!と言わんばかりに「ニャ、ニャーン!」と可愛い声で鳴きながらバナナが尽のひざに飛び乗ってきて。
「あっ」
父親の焦った声を聞きながら、天莉は妙にしっくりきてしまう。
だって高嶺尽という男は、猫に好かれる人だと今更のように思い出したから。
さっきバナナが玄関先に駆け寄ってきた時も、もしかしたら外へ出ようとしたのではなく、ただ尽に甘えたかっただけかも知れない。
それに気付かないまま自分が抱き上げて母に渡してしまったけれど、バナナから恨みを買った気さえして。
(ごめんね、バナナ)
そう思いながら見つめた視線の先。
尽が眼鏡の奥の瞳をスッと細めると、バナナの頭を優しく撫でる。
「こら! バナナ! 高嶺さんに毛が付いてしまうだろう」
如何にも高級そうな黒のスーツは、いつも尽のスーツ姿を見慣れている天莉ですらうっとりするほどかっこいい。
バナナの赤み掛かった金色のトラ毛は、尽のスーツについたら滅茶苦茶目立ちそうな気がした。
「――構いませんよ。私は猫が嫌いじゃないんです」
尽の足の上を指定席と言わんばかりに陣取って箱座りをしてしまったバナナの首筋を指先でスリスリと掻いてやりながら、尽が満更ではなさそうな声を出す。
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