(12)初めまして。常務取締役をしております高嶺尽と申します

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 それを見届けてから、(じん)に「お母さんを手伝ってくるね」と小声で声を掛けたら、「ああ、行っておいで」と返してくれて。  普通彼女の父親と二人っきりにされると宣言されたら、もう少し不安そうにするものではないのかしら?と、提案しておきながらソワソワしてしまった天莉(あまり)だ。  きっと、尽は自分より目上の人間や、立場の強い人間と向き合うことに慣れているんだろう。  いつだって堂々としていて自信に満ち溢れた尽の姿が、とても頼もしく思えて。  仮初(かりそめ)の夫とは言え、尽のそばにいれば色々なものから守ってもらえる。  そんな気がした。 ***  キッチンでお茶の準備をしている祥子(さちこ)の元へと向かった天莉(あまり)は、湯飲みの中でふんわり花開いた薄紅(うすくれない)の桜の花を見て、「何で桜茶……!?」と思わずつぶやいていた。  梅酢と塩に漬けられた桜の花へお湯を注ぐ桜茶と言えば、結納(ゆいのう)や結婚式などといった、〝おめでたい席〟に欠かせない飲み物と言うイメージだ。  なのに――。 「え? だって天莉(あまり)ちゃんが三十路(みそじ)を目前にして初めて男の人を私たちに紹介してくれるって言うのよ? おめでたいじゃない」  ふんわり微笑む母・祥子に、『気が早いから!』と返そうとして……。  尽が今日、結婚の申し入れをするために実家(ここ)を訪れていることを思い出した天莉は、グッと言葉に詰まった。
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