(13)ネコ・猫パニック

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「せっかくのお茶が冷めちゃうのも勿体(もったい)ないし……私だけで飲むのも、何だか緊張しちゃうんだけど……な?」  (じん)に桜茶を見て欲しい一心の天莉(あまり)は、話の腰を折る感じになるけれど、あえてそう添えてみた。 「ああ、そうだな。折角用意してもらったんだ。温かいうちにいただこう」  尽は天莉の気持ちを汲んでくれたのか、すぐにそう言ってくれて。  両親も同じように(うなず)いて茶器に手を伸ばしてくれた。  しん……とした室内に、湯蓋(ゆふた)が湯飲みや座卓と触れ合って立てる、(かそ)けき音だけが静かに響く。  その音に、グッと緊張が高まった天莉だ。 「桜茶か……」  ふと隣で尽が吐息を落とすようにそうつぶやいたのが聞こえて。  天莉はチャンスだとばかりに「桜茶だなんてお母さんよね」と返した。  桜茶は慶事(けいじ)の時に振舞(ふるま)われるお茶だ。  尽の両親や天莉の両親が一堂に会しての結納(ゆいのう)の席でもないのに……と言外に含ませたことに、尽は気付いてくれただろうか。  そのくらいの勢いで、高嶺(たかみね)常務は母から歓迎されているんだ、と伝わって欲しい。 「――そりゃあそうよ? お相手は思っていた同期さんとは違ったけど……お母さん、二人が幸せそうにお互いを見詰める視線、見ちゃったもの。だからね、事情は後から聞くにしても、ひとまずは最初の予定通り天莉ちゃんが大切な人を連れて来てくれたことをお祝いしようって思ったの」  天莉が尽に伝えたかったことに、祥子(さちこ)はすぐに気付いて助け舟を出してくれる。  そう言えば、幼い頃から母はそんなところのある人だったなと思い出した天莉だ。  まるで相思相愛のように言われたのは、偽装の身としてはどこか心苦しくもあるけれど……今は尽に、〝歓迎されている〟のだと伝わったことが何よりも嬉しい。
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