(13)ネコ・猫パニック

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「そう言って頂けると光栄です」  (じん)は桜茶を一口飲むと、眼鏡の奥の目を細めてにっこり笑った。  それは計算され尽くされた極上のスマイルで。  いつも何か含みのありそうな不敵な笑みばかりを見せられている天莉(あまり)は、見慣れない尽の表情にドキッと心臓を跳ねさせる。  お陰様で、食べようとつまみ上げていた金平糖をポロリと天板の上に落としてしまった。  慌てて拾い上げようとしたそれを尽が拾って手渡してくれたのだけれど。  ほんの一瞬触れた指先からピリッと電気が走った気がして、天莉はピクッと肩を震わせる。  偽装の関係としては大変まずいことに、天莉はこのところ尽のことを意識してしまって仕方がない――。 *** 「が天莉さんと付き合う切っ掛けになったのは――」  尽は天莉の両親の前で〝私〟の仮面を脱ぎ捨てることに決めたらしい。  座卓を挟んだ向かい側に座る玉木夫妻を交互に見て、〝俺〟と自分のことを称して話し始めた。  夜の社内、エレベーターでたまたま天莉と乗り合わせたこと。  五年間付き合った彼氏に裏切られたばかりで憔悴(しょうすい)し切っていた天莉が、エレベーターを降りるなり目の前で倒れたこと。  そんな彼女を捨て置けなくて介抱しているうち、距離を詰めていったことなどを(よど)みなく話す尽に、天莉は(徐々に、というのとは違いますけどね!?)と心の中で突っ込まずにはいられない。  だが、まぁ出会ったその日に結婚を申し込んで自宅へ連れ帰りました、だなんて真実を語るのが得策ではないことくらい天莉にだって分かる。  これはそう――、嘘も方便と言うやつだ。  まるで、酷く優秀なプレゼンを聞いているかのように、尽の説明は的確で分かりやすくて――。  さすがこの若さで常務取締役まで昇りつめただけのことはあるなと思ってしまった天莉だ。  よく分からないけれど、理路整然とした物言いや、日頃からの理詰めで天莉を追い詰めてくる論法から考えるに、尽は理系の人なのかもしれない。
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