(3)尽からの提案

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「――一応聞いてみるんだが、その謝罪は何に対して?」  声音はとても穏やかで、決して詰問(きつもん)口調ではないのに、天莉(あまり)は何故かやたらと緊張している自分に気が付いた。  メタルフレームの眼鏡越し。  まるで自分のことを品定めしているかのような(じん)の視線を受けていることが原因だろう。  本人にそのつもりはないのだろうが、天莉のような小者はどうしても尽が持つ上に立つ人間特有のオーラに気圧(けお)されてしまうのだ。    高嶺(たかみね)(じん)という男は、そういう気品のようなものを生まれながらに持っている人間な気がする。  彼の出自について天莉はよく知らないけれど、もしかしたら、元々庶民の出ではないのかも知れない。  だからといって、彼の雰囲気に呑まれて何も答えないことは、社会人として失格な気がした天莉だ。 (一人の大人の女性として、どんな人が相手でも自分の意見はちゃんと言える人でありたい)  博視(ひろし)に見限られてしまった今、天莉は一人で生きていくことを視野に入れなくてはいけないのだから。  そう考えた天莉は、ふぅーっと深く吐息を落とすと、体調不良と緊張とでとっ散らかった考えを懸命に整理した。  思いのほか近い距離から見下ろされているのが物凄く落ち着かないけれど、今思考を()くべき問題はそこじゃない。 「……謝罪したい点はいくつかあります」  天莉は尽からの視線を、目を逸らすことなく受け止めると、ゆっくりと自分の気持ちを整理するみたいに言葉を(つむ)ぎ始めた。  身体をソファーに横たえたままなのが無礼に思えたし、様にならなくて気になったけれど、これは尽に起き上がるなと制されたことを守っているだけだから、と自分に言い聞かせる。  それに、下手に身体を起こしてまたふらついてしまってはそれこそ目も当てられないではないか。 「まず一つ目は高嶺(たかみね)常務のジャケットを落としてしまったこと。二つ目は体調不良を考慮せず急に起き上がろうとして常務のお手を(わずら)わせてしまったこと。それから三つ目は……」  実際謝罪の言葉が口を突いた時にはそんなに深い理由はなかったし、正直自分でもなぜ謝ってしまったのかよく分からなかった。  だけど――。
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