(13)ネコ・猫パニック

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 そう言えば(じん)は、今日結婚のことも切り出すようなことを言っていた。 (私、このまま常務の隣にいてもいいのかな)  不安になって視線を落とした時だった。  隣から尽の手がスッと伸びてきて、卓上へ所在なく載せたままだった天莉(あまり)の手をふんわりと包み込んだ。 「あ、あのっ……?」  両親の前なのに、と戸惑いに揺れる瞳で尽を見詰めたら、「実はキミにも話していなかったことがあるんだ」と切り出されて。  わけも分からないまま「え?」と漏らしたら、「キミはエレベーターで出会ったのが俺との初見だと思っているようだけど……俺の方は違う」と続けられた。 ***  (じん)天莉(あまり)の二十八歳のバースデーだった二月八日の夜、社用車の中から、ハイエンドホテル前で同じ会社の社員と思しき三人の男女が何やら揉めているのを見た。  恋人同士の付き合いに別れ話なんてつきもの。  何ら珍しくもない光景だが、仕事柄社員らの人間関係は結構把握していたから。  三人のうちの二人――玉木天莉(あまり)と横野博視(ひろし)が長いこと交際していたのは知っていた尽だ。  彼女側が三十路(みそじ)近いこのタイミングで、若い女――江根見(えねみ)紗英(さえ)に乗り換える横野のことを酷い男だと思う程度には、尽は三人の事情に明るかった。  フラれた玉木にとっては、堪ったものではないだろう。
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