(13)ネコ・猫パニック

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 ホテル前のロータリー。  信号待ちが意外と長く、なかなか動かない運転手付きの社用車の中、隣では秘書で腐れ縁の伊藤直樹がパソコンを開いて難しい顔で何やら仕事中だ。  ゴーと言うエアコンの音がやけに大きく聞こえる車内で一人、さしてすることもない(じん)は、見るとはなしに玉木天莉(あまり)に視線を注ぐ。  よく見れば彼女、楚々(そそ)とした空気感の相当な美人だ。だが、本人にその自覚がないのだろうか?  ――それこそすぐそばの江根見(えねみ)のように華美に飾り立てた様子がない。  見るからに一途で真面目。  純朴そうなその雰囲気に、(あの子は理不尽な悲劇に耐えられるだろうか)とふと思って。  さすがにすぐさま全てを受け入れるのは無理だろうなと判断した(じん)だ。  きっと、泣き崩れるか、相手の男にとりすがるか、思い切り怒るかの三択……。どれに転んでも修羅場になるだろう。  だが、尽の予想に反して視線の先、玉木天莉はただただ神々(こうごう)しくそこにいて。  泣くでも(わめ)くでも男に(すが)り付くでもなく、スッと二人に背中を向けて立ち去った。  だが、尽の見ている角度からは天莉が前を向いたままポロリとこぼした涙が、きらりと光って路上へ落ちたのがハッキリと見えた。  それでも背筋を伸ばしたまま歩き続ける彼女の凛とした姿と、その涙の(はかな)さのギャップに、尽は一瞬で心を奪われてしまったのだ。 *** 「キミがうちの総務課にいることは分かっていたし、後日声を掛けようと思っていたんだ」  だがその矢先、たまたま天莉本人と知り合う切っ掛けに恵まれて、〝このチャンスを逃したくない〟と強く(こいねが)ってしまった。 「……今思えば、俺はキミに一目惚れしたんだと思う」 ***  (じん)から、いきなりそんなことを告げられた天莉(あまり)は、「うそ……」とつぶやかずにはいられなくて。  両親がすぐそこにいて、(じん)が目の前で語ったことを一緒に聞いていたのは分かっているのに……寿史(ひさし)祥子(さちこ)がどんな反応をしているのか気に掛けられるゆとりが、今の天莉にはなかった。
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