6539人が本棚に入れています
本棚に追加
***
「今日俺は、天莉さんとの結婚を許可して頂くつもりでここへ参りました。話の流れ次第では、こちらの書類の証人欄にサインを頂こうかとも――」
尽は、スーツの内ポケットから綺麗に折り畳んだ書類を取り出した。
折りたたまれたままの紙には、薄っすらと猫の模様が透けて見えて。
天莉はいま尽が手にしている書類は、課長に書かせたフェイクの方の紙片ではなく、証人欄が空欄のままになっている猫柄の婚姻届の方だと確信した。
(でも、今の話の流れでそれを取り出すのは、いくら何でも強引過ぎない?)
全ては、素直になり切れない――と言うより尽の偽装の恋人役を演じ切れない自分のせいなのだということを棚上げして、そんな懸念を抱いてしまった天莉だ。
「俺は……確かに最初は天莉さんの見た目を好きになりました。ですが一緒に過ごすうち、お嬢さんの内面にも強く惹かれている自分に気付かされたんです。正直天莉さん以上に愛せる女性とは、今後一生出会えないとも確信しています。なので……この婚姻届を天莉さんと二人で書いたとき、俺はとても嬉しかったんです。交際期間の長さなど関係なく、彼女も俺と同じ気持ちでいてくれると信じていましたので。ですが、どうやら俺の勘違いだったようです」
そこで一旦言葉を止めた尽は、手にしたままの婚姻届をビリッと真っ二つに引き裂いてしまった。
余りに躊躇いのないその動作に、天莉は思わず尽の方へ身を乗り出して。
「イヤ!」
言って、引き裂かれた紙片を持ったままの尽の手を、グッと握りしめた。
最初のコメントを投稿しよう!