(14)あの場で婚姻届を出さなかった理由

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「私……」  我知らず、手にしたままの紙片を握る指先に力がこもる。  視界がぼんやり霞んで見えるのは、泣きそうになってしまっているんだろうか。 (ダメ。いま泣いたらあれは嘘だって笑えなくなっちゃう。早く顔を上げて、あれは本心じゃなかったの。両親の前でのお芝居だったのよ?って取り繕わなくちゃ)  そう思うのに、全然うまくいかなくて。  天莉(あまり)はすぐそばに立つ(じん)へ視線を向けることが出来ないまま、ただただ立ち尽くすしか出来ない。  うつむいて黙り込んでしまった天莉に、尽が小さく吐息を落とすのが聞こえた。  天莉はその溜め息が尽からの最後通告のように思えて、ビクッと肩を震わせる。 「常、務……わた、し……」  一刻も早く誤魔化さないといけないのに。  声を出そうと口を開いたら弱々しく声帯が震えて、余計に涙を誘発するみたいに鼻の奥がツンとした。 「天莉……」  とうとう(ごう)を煮やしたように尽が天莉の手に触れて……。  ギュッと握りしめたままだった書類を天莉の手指から引き剥がすようにして奪い去ってしまう。 「ダメ……!」  今、あの書類を尽に取られてしまったら、もう二度とお目に掛かれない気がして。  天莉はこらえきれなくなった涙がポロポロとこぼれ落ちるのも構わず、尽の方を見詰めて彼の手に触れた。  尽は、天莉の頬を伝う涙を認めると、至極困ったように眉根を寄せてから……それでも天莉から逃れるようにスッと身を引いてしまう。  そのまま天莉から離れて、書類をリビングのテーブル上へ置きに行ってしまった尽の背中を見詰めながら、天莉は彼へと伸ばしたままの手が、所在なく引っ込められないまま固まっていた。
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