(14)あの場で婚姻届を出さなかった理由

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「だっ、ダメじゃないですっ。私もっ! 私も……常務とそうなれたらいいなって……ずっとずっと思ってました! だから……」  天莉(あまり)(じん)を見上げて、「こちらこそ、よろしくお願いします」と、今度こそハッキリと告げたのだけれど。 「天莉……」  途端、どこか不満げに眉根を寄せた尽から、「今の言葉、もう一度言い直して?」と仕切り直しを求められてしまう。  天莉は訳がわからないままに尽を見上げると、少し考えてから「私も……常務と本当の夫婦になりたいです」と、より言葉を直接的なものへ変えてみた。  なのに――。 「天莉。お仕置き決定だね」  と(きびす)を返して天莉から離れて行ってしまうとか、一体どういうことだろう? 「あ、あのっ、高嶺(たかみね)常務っ⁉︎」  ――私、何かまずいことをしてしまいましたか?  言葉に出来ない疑問とともに、不安になって尽の背中へ呼び掛けたら、尽がはぁーっと大きく溜め息をついた。 「天莉、気付いてないの? さっきからずっと、俺の呼び方が役職名に戻ってる」  そうしてこちらを見ないままにぼそりとつぶやかれた言葉は、明らかに拗ねているのが分かる声音で。  その頭と臀部(でんぶ)には、幻の耳としっぽがまだ健在のようだった――。  まるで甘えん坊の大型犬が、飼い主の気を引きたくて目一杯虚勢を張っているみたいに見えて、天莉はハッとした。 「ご、ごめ、なさっ。……私っ」  どうしても意識していないと、天莉は彼のことを〝尽〟と呼ぶことが出来ない。 「あのね、……じ、ん……私も……。私も尽が好き……。尽とちゃんとした夫婦になりたいって思ってる。だから……だからお願い……」  ――こっちを向いて?  天莉がしどろもどろ。「尽」と呼び掛けながら一歩前に出たと同時、バッと振り返った尽が、大股に歩み寄って天莉をギューッと抱きしめてきた。 「天莉。今の言葉、取り消しは出来ないよ? 良いね?」  まるで、小さな子供が大切な約束の確認をするみたいに問われて、天莉は思わず笑いが込み上げてきてしまう。
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