(3)尽からの提案

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「こんな状態の人間を放り出すほど、俺は薄情な男に見えているのか? ――だとしたら物凄く心外だな」 「あ、あのっ、決してそう言うわけではな、くて……っ。ただ、私……っ」 「いいから……。少し黙りなさい」  その言葉と同時。ダージリンティとウォーターリリーの、洗練されたシャボンのような華やかな香りが鼻腔を(かす)めて。 「ふ、ぇっ⁉︎」  天莉(あまり)は少し遅れて、(じん)の長い人差し指がまるで『これ以上は何も言わせないよ?』と言うみたいに自分の唇を軽く押さえているのだと理解した。 「あ、あのっ(あにょっ)」  唇を押さえられたまま。  戸惑いに揺れる瞳ですぐ眼前に迫る尽の顔をオロオロと見上げたら、眼鏡の奥で切れ長の目がスッと意味深に(すが)められたのが分かった。 「――これ以上まだ何か言うようなら別の方法でキミの唇を塞いでしまおうかと思うんだが……。ひょっとして、はそっちをご所望かな?」  言うが早いか、掴まれた腕をそのままグッとソファに押さえつけられて、もう一方の手をソファの背もたれに突く体勢を取った尽の下。あっという間に馬乗りになられた天莉は、予期せぬ事態にただただ驚くばかり。  おかげで、尽から自分の名前を呼ばれたことへ『何で知って……?』と反応する間も与えてはもらえなかった。  期せずして尽の腕に閉じ込められてしまった天莉は、先程からちょいちょい感じていた華やかで清潔感のある、いかにも大人の男性といった上品な香りを嫌でも意識せずにはいられない。  そのことが、やけに恥ずかしく感じられてソワソワと落ち着かなかった。  博視(ひろし)は嫌味なくらいマリン系の香りを身にまとっていたけれど、尽の香りは博視のみたいに存在を主張し過ぎたりしない。  むしろ、こんな風に距離を詰めなければ感じられない程度の仄かな芳香だ。    なのに、ひとたび尽と接近しようものなら、今みたいに彼が少し動くだけで甘い香りにふわりと包み込まれてしまうから……。  一呼吸ごとに細胞のひとつひとつがその匂いに侵食されてしまうみたいな錯覚を覚えて、天莉は物凄く照れ臭くなった。  そうして、そのことは否応なく尽との距離を狭めているのだと天莉に自覚させるから。  息を吸い込むたび、全身に〝高嶺(たかみね)(じん)〟と言う男を受け入れているみたいで、何だかとてもいやらしく思えてしまう。
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