(15)初めてのマリアージュ

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天莉(あまり)、夕飯は軽めに済ませることにして……今からあのどら焼きを食べるのはどう?」  (じん)が言っている〝どら焼き〟とは、もちろん『桜猫堂(おうびょうどう)』の〝ラム(くん)ドラ〟のことだ。  リビング側から見るとシステムキッチンの向こう側にある大きな作業台。  その上に真紅(しんく)の箱が載っけられているのが見える。  鮮やかな(くれない)の紙に、桜の木と舞い散る花びら。そうしてその花びらと(たわむ)れる一匹の三毛猫が描かれた特徴的な包装紙に包まれたそれは、先ほど天莉の実家へ置いてきたものと全く一緒。  箱の中にはラム酒がたっぷり使われたラムレーズン入りのどら焼きが六つ入っている。 「えっ? 今から?」  そんなものを食べたら絶対、夕飯が食べられなくなる。  時刻はもうじき夕方の六時だ。  ここへ連れてこられてすぐの頃――二月の初旬に比べれば大分日の入りが遅くなったとは言え、十八時(ろくじ)を過ぎれば外はもうすっかり暗闇に包まれる。  先ほどスマートアシスタントのアレックスがカーテンを閉めてくれるまで、暗くなってきた外に面した窓ガラスが、鏡面になって天莉たちを映し出していた。  天莉は壁に掛けられたシンプルな時計と、リビングの片隅に置かれたままの荷物へソワソワと視線を彷徨(さまよ)わせる。
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