(3)尽からの提案

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(あれはうちの社の……)  (じん)は業務の一環として、接点のあるなしに関わらず、社員の顔と名前は全て把握するようにしていたから。  それが営業企画課の横野(よこの)博視(ひろし)と、総務課の玉木(たまき)天莉(あまり)江根見(えねみ)紗英(さえ)だとすぐに分かって。 (確か横野と玉木は同期で……恋人同士だったはずだ)  どこでどんな情報が役に立つか分からない。  社員らのゴシップ的なネタもある程度は把握している尽は、当然そのことも知っていたのだけれど。 (だったら江根見は何故あの場にいる? というか横野とのあの距離感)  すぐそばを車で通過しただけ。  ほんの一瞬見ただけで、何となく天莉の立ち位置を理解した尽だ。 (あの男……)  江根見紗英が、横野博視のいる営業企画課の上司――営業部長の一人娘なことは、社内の人間なら知らない者はいない。  そもそも〝江根見〟という苗字自体変わっているし、その名を冠した人物が縁者であることは誰にでも容易に推察出来ることだ。  実際娘の江根見紗英自身が、自分の父親が営業部長の江根見則夫(のりお)であることを(かさ)に着ている節があるから尚更のこと。 (出世のために長年付き合ってきた恋人を裏切って上司の娘に乗り換えたか)  胸くその悪いものを見てしまったと思った。  きっと信じてきた恋人に裏切られた玉木天莉は泣きじゃくっているか、怒りのままに振舞っているかのどちらかだろうと思って彼女を見たら、凛とした表情のままその場を立ち去るところで。  その横顔に、何故か強く心を奪われた尽だ。  今思えばあれをきっかけに玉木天莉という女性に興味を持ったし、自分の計画を遂行するパートナーに選ぶなら彼女が適任だとハッキリと自覚したのだが。  一方、当の天莉が、これまでほとんど接点もなかったような男に突然そんな提案をされて、驚かないはずがないことも十二分に理解しているつもりだった。
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