(16)私だけの呼び方*

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***  (じん)天莉(あまり)を一旦洗い場に立たせると、わざと入り口をふさぐようにして立って。  所在なく立ち尽くす天莉をじっと見詰めながらワイシャツの両そで口を(ひじ)付近まで器用にまくる。  ついでにスラックスの(すそ)もほんの少し折り返すと、靴下を脱ぎ捨てた。  普段から天莉が綺麗にしてくれている風呂場は、元々換気もよいので水でも流さない限り風呂床は濡れていない。  靴下のまま風呂場に足を踏み入れた尽だったけれど、濡れたりしていない靴下はスムーズに脱ぐことが出来た。  それを、ほんの少し風呂場の入り口を開けて外へ放り投げると、「待たせたね」とにっこり微笑んで見せる。  天莉も薄々勘付いているようだが、尽は眼鏡がなくてもさして困らない。  ばかりか、裸眼でも両目ともに一.五以上の視力がある。  眼鏡は周りから舐められないよう、(はく)をつけるために掛けている伊達眼鏡に過ぎないのだ。 「ま、待ってなんか……」  言いながら尽から遠ざかるように一歩背後へ下がった天莉が、冷たいタイル張りの壁に触れてしまったんだろう。  「ひゃっ」と小さく悲鳴を上げて身体を跳ねさせた。  その拍子に足元のバスチェアにつまずいて体勢を崩して――。 「おっと」  これ幸いとそんな天莉を抱き留めると、尽は「風呂場で騒ぐと危ないだろう?」と天莉をたしなめた。 「ご、めなさっ……」  状況も忘れて素直に謝るところが天莉の可愛いところだなと、天莉の柔らかな胸の感触を腕に感じながら尽は内心ほくそ笑まずにはいられない。 「とりあえずそこに座ろうか」  言ってバスチェアに視線を投げかけたら、天莉がソワソワしながらも腰かけてくれた。
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