(16)私だけの呼び方*

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 しっかりと天莉(あまり)の身体と浴室内をシャワーのお湯で温めた(じん)は、「このまま髪の毛を洗うから目、つぶっててね?」と、天莉の頭にお湯を掛ける。  たっぷりのお湯でわしゃわしゃと予洗いしてから、シャンプーボトルへ手を伸ばした。  手に取ったのは日頃尽が使っているメンズものとは別に用意してある、天莉専用のフローラルな香りがする椿オイル配合のシャンプーだ。  それをツープッシュほど手に取ると、ほんの少し手のひらをこすり合わせて泡立てるようにしてから天莉の頭に手を載せる。  シャンプーの正しいやり方なんて知りはしない尽だったけれど、美容室なんかで美容師が自分に施してくれる手技を思い出しながら、爪を立てないよう指の腹を使って頭皮をマッサージするイメージで優しくシャンプーを揉み込んだ。  と――。 「あ、あのっ。尽くん……わ、私っ、自分で」  ホカホカと湯気のくゆる浴室内。  少しだけ身体を起こした天莉が、恐る恐ると言った様子で尽に声を掛けてきた。 「それはもちろん構わないけど……手、タオルから放せるの?」  ククッと笑ってうつむいたままの天莉に声を掛けたら、ハッと気づいたように身体を震わせて。 「じっ、尽くんがっ……お風呂場から出てくれたら……」  とか、往生際(おじょうぎわ)が悪すぎて思わず手が止まってしまった尽だ。 「まだそんなこと言ってるの? 天莉は本当(あきら)めが悪くてね」  言外に『却下だよ』と含ませてそのままシャンプーを続行する尽に、天莉はひとまずそれ以上は何も言ってこなかったのだけれど。  綺麗に泡を洗い流していざトリートメントと言う段になって、またしても消え入りそうな声音で尽に呼び掛けてくるのだ。 「あのっ、尽くん……」 「ん? 今度は何を思い付いたの?」
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