(16)私だけの呼び方*

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*** (はぁぁぁぁー。もぅ! 何なの何なのっ!)  (じん)が浴室を出て行ってすぐ、天莉(あまり)はシャワーの音に紛れるように大きく吐息を落とした。  尽が言ったようにトリートメントのボトルを手にして、身体の向きをくるりと回転させて鏡に向き直ったのだけれど。  熱線でも入っているのか、湯気がどんなに立ち込めても天莉のアパートの浴室にある鏡みたいに曇ったりしない目の前の鏡面に、濡れそぼった真っ白なタオルがぴったりと身体に張り付いた裸同然の自分が映っていた。 (フェイスタオルじゃお尻とか丸見えだしっ。何でバスタオルをくれないのっ!)  わざわざ半身だけ隠せる小さいのを渡してくるあたりが、温情と見せ掛けてしっかり意地悪だと思ってしまった天莉だ。  そもそも!  お酒に飲まれてしまった自分も良くなかったけれど、今はすっかり素面(しらふ)なのに、尽はそれを一切認めてくれなかった。  何だかんだでここに引き留められた時にもそうだったけれど、尽は天莉を心配していると言う(てい)で、自分の要望を通すのがうまい気がする。  両想いになった今、元気になったのでサヨナラとここを出て行くのは違う気もするけれど、実際体調はすこぶるいいし、尽が最初に告げたように監視の目がなくったってご飯だってしっかり食べられるようになっている天莉だ。  だけど、一人でだってご飯が食べられるようになってからも、いつの間にか生活能力皆無の尽のためにご飯を作らないといけないと言う気持ちにさせられて……お(いとま)しそびれてしまっている。
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