(18)胸騒ぎ

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「こ、こんなっ。一気に色々もらえませんっ」  デパートの、名前だけは知っているけれど自身では一度も店内に足を踏み入れたことのないような高級アパレルブランドの一角。  天莉(あまり)は泣きそうになりながら、(じん)からののもてなしを断った。  もらえないならば自分で買えばいいのだけれど……こんなものを天莉の薄給で買ったら一ヶ月分の支給額はおろか、貯金もみんな食いつぶしてしまう。 「いや、そういうわけにはいかないよ、天莉。店員(かのじょ)たちも持ってきてくれたものは全部、キミに着せる気満々だ。それに――」  そこでスッと天莉の耳元へ唇を寄せると、尽が天莉にだけ聞える声音で『何より、俺好みに着飾ったキミを脱がせる楽しみが得られるからね』と吹き込んでくる。  男性が女性へ服を贈る時には、『それを脱がせたい』という意味も含まれていると、昔観た恋愛ドラマで言っているのを聴いたことがある天莉だ。  でも、知っているのと実際に言われるのとでは大違い。 「なっ!」  ――何をバカなこと!  続くはずだった言葉は、発する前にククッと笑う尽の嬉し気な表情にもみ消されてしまった。  入籍までは手出しをしないと言ったのと同じ口で、尽がそんな艶めいたことをサラリと発してくるから、天莉は翻弄(ほんろう)されまくり。  そのことが悔しくてたまらなかった。 「――まぁ冗談はさておき、キミは俺の婚約者だ。それなりのモノを身に着けてもらわないと、叱られてしまうって思わない?」  恐らく尽の頭の中には幼なじみで悪友で……その上超絶優秀な秘書様――伊藤直樹――の顔でも浮かんでいるんだろう。  のだけれど、勝手にそう思ってしまった天莉だ。
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