(18)胸騒ぎ

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 確かに、自分たちの関係を誰一人として公表していない状態ならば、『誰も知らないんだから問題ないです』と言い切ることが出来ただろう。  でも――。 (課長が知ってる……)  天莉(あまり)へ不当なパワハラを仕掛けてきていた総務課長の風見(かざみ)斗利彦(とりひこ)牽制(けんせい)するため、彼には二人の関係を公言してしまっている。  (じん)が、『口外するなと釘は刺しておいたけれど、江根見(えねみ)部長の耳には確実に入っているだろうね』と言っていたことも覚えている天莉だ。  尽の執務室を出た直後の、風見の動きを(かんが)みてもそれは真実だろう。 (うーーーーっ)  心の中で(うな)ってみたところで、そうなると尽が言う通り。  自分が余りにもお粗末な格好をしていたら、〝高嶺(たかみね)(じん)の価値〟を下げることになりかねない。  それは絶対に嫌だと思った天莉だ。  天莉は尽を恐る恐る見上げると、「だったら、ひとつだけ……」と渋々ながらつぶやいていた。  なのに。 「は? 一着だけ? こんなに見繕ってもらったのに?」  最低でも三〇着は……とかバカなことを言い募る尽を、天莉はじろりと睨み上げた。  尽は、この店舗に今現在展示されているフォーマルな装いの大半を買い占めるつもりなのだろうか。 「着る予定があるのは、今のところ親睦会の日だけです。一着あれば十分なのに、そんな風に無駄遣いしても平気な人、私、嫌いです」  わざと「です」と語尾を丁寧にして、距離感を(かも)し出すような口調できっぱり突っぱねたら、「嫌い」と言う文言が効力を発揮したのか、尽がグッと押し黙った。 「……ねぇ、天莉。せめて十着――」 「聞こえませんでしたか? 一着だけです!」  くぅーん、と幻の垂れ耳と垂れしっぽを装着した尽に、だけど今回ばかりは天莉だって負けていられない。
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