(3)尽からの提案

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「では、わたくしの業務時間は今この時を()って終了したと思ってよろしいですか?」  どこか慇懃無礼(いんぎんぶれい)に告げられた言葉へ(じん)がうなずいたと同時、はぁ~っとわざとらしく吐息を落とす気配がして。 「――じゃあこっからは友人として言わせてもらう。ひとりになったからって妙な真似はすんなよ、尽。……お前は僕がいないとすぐに暴走するから目が離せないんだ」 「あ? ……ああ、心得ておくよ」  実は秘書の伊藤直樹という男は、尽の幼馴染み(くされえん)だ。  尽とともにこの会社へ入社した所謂(いわゆる)同期の桜だが、尽の専属秘書となって四六時中行動をともにするようになってからも、勤務時間中は決して馴れ合おうとはしてこない。  だが、ひとたび業務を終えれば今みたいに歯に(きぬ)着せぬ物言いをする友の顔に戻ってくれるところが、尽は結構気に入っていたりする。 「――本当だな? 約束しろよ?」  尽が見上げているのが、総務課のある七階フロアというのが気になっているんだろう。  直樹が険しい顔をして電気の付いたフロアをちらりと見上げたのを見て、尽は内心『鋭いな』と苦笑せずにはいられなくて。  だが同時に、あの晩玉木(たまき)天莉(あまり)を含む社員三人の姿を高級(ハイランド)ホテル前で車窓越しに見かけた際、直樹も自分とともに車内にいたのだから当然と言えば当然か……とも思う。  長い付き合いだ。尽が天莉に興味を持ったことを、直樹はきっと気付いている。
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