(19)天莉に近付く者たち

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「えっ?」  まだパーティが始まるまでは間がある。  別に人でごった返してひしめき合っているというわけではない。  天莉(あまり)がちょっとそこから身を引けば、その男性は好きな位置に立てるかも知れないな?と思って。 「あ、ごめんなさい、すぐ避けますね」  そう思った天莉は、そそくさと移動しようとしたのだけれど。 「あ、あのっ、ちょっと待って。……っ!」  名乗りを上げたわけでもないのに名前を呼ばれた天莉は、「えっ?」と思わず怪訝(けげん)な顔になってしまう。  その表情のまま同年代くらいの男性を見つめたら「あ、な、名札に書いてあったから」と胸元を指さされた。  確かに思いっきり〝玉木〟だと自己主張をしていたことに気が付いた天莉は、にわかに恥ずかしくなって。 「あ、あの……」  言って眼前の男を見つめたけれど、『株式会社ミライ(同じ会社)』の人間ではないんだろう。  彼の胸元には名札が掛かっていなかった。 「ああ、俺は――『アスマモル薬品工業』で営業をしております沖村と言います」  言って名刺を差し出された天莉は、社会人としての条件反射。  思わず両手で小さな紙片を受け取って、「あっ」とつぶやいて。 「申し訳ありません。あいにくわたくし、今手元に名刺を用意していなくて」  と返した。  そうだ。  いくら親睦会といっても仕事の一環。  人脈を広げるための社交会だと思えば、名刺は必須だったのだ。  今までずっと裏方ばかりで……しかもこんな風に名刺を渡されるような立場にいなかった天莉は、そのことをすっかり失念してしまっていた。  外部とはほとんど関わりのない総務課(部署)の人間とはいえ、『ミライ』の名を冠した名札を付けている以上、気を抜いてはいけなかったのに。  しかも『アスマモル薬品工業』と言えば『株式会社ミライ』の親会社。  (ないがし)ろにしていい相手ではないではないか。 「あ。それは全然構わなくて。えっと、俺……その、違うんだ。別に仕事の絡みで声を掛けたわけでも、貴女にそこを退いて欲しかったわけでもなくて――。あー、もう、何言ってんだろ……」  沖村はモダモダと自問自答みたいに独り言混じりにつぶやいてから、意を決したように天莉をじっと真正面から見つめてきた。
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