(19)天莉に近付く者たち

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紗英(さえ)」  恋人の登場と同時に博視(ひろし)の表情が一瞬だけ曇って……すぐさま極上の笑顔に変わる。 「いつ会場に着いたの? 連絡くれたらすぐ迎えに行ったのに。……体調はどう? 平気?」  そっと紗英の腰に触れて(いた)わるような仕草をする博視からは、先程一瞬感じられた(うれ)いのようなものは完全に立ち消えていて。  天莉(あまり)はさっき博視が言い掛けた不穏(ふおん)な言葉は聞かなかったことにしよう、と思った。  そもそもハッキリ言われていたとしても答えは「No」と決まっていたのだけれど。 (博視、江根見(えねみ)さんにはあんなに優しく接するのね)  自分とも、付き合いたての頃はあんなだったかな?とふと考えて、ぼんやりとそんなだった気もするな、と思った天莉だ。  ここ数年のぞんざいな接され方の記憶が強烈過ぎて、イマイチはっきりとは思い出せないけれど、付き合っていたんだもん。楽しい時もあったよね?と思って。 「大丈夫だよぉ~? 博視はホント心配性なんだからぁ。最近はぁ~、つわりもおさまったしぃ~、何なら太らないように気を付けるので大変なくらいだっていつも話してるじゃぁ~ん?」 「ああ、そっか、そうだったね。――大丈夫そうなら俺、そろそろ行くけど……調子いいからってあんまり無理すんなよ?」 「はぁ~い。今日は同じフロアの休憩所をパパに押さえてもらってるしぃー、辛かったらちゃんとそこで休むからぁ。あー、けど博視もぉ~、お仕事大事かも知んないけど紗英が呼んだらすぐに駆け付けてねぇー? でなきゃぁんだからぁ」 「あ、ああ、分かったよ……。じゃあ、天莉(あ……)、玉木さん。俺、もう行くんで、紗英のことよろしく」 「あ、うん」  何だか分からないままに博視から紗英のことを任されてしまった天莉は、紗英に気付かれないよう小さく吐息を落として。 (博視、何か委縮してた?)  そんなことを思ってしまった。
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