(3)尽からの提案

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 嫌味に思われるかもしれないが、客観的に見ても自分は男としてはかなりの優良物件だと思うし、容姿だって恵まれている部類に入る。  話術だって人よりは長けているつもりだ。  (おの)れの(ふところ)に取り込んでしまいさえすれば、何とか出来る自信がある。 「動きがあったら真っ先にお前に連絡する。俺は直樹(なお)が思ってる以上にお前のこと、買ってるからな」 「――それは公私どちらの意味で?」 「もちろん、両方だよ」  ククッと笑って心配性な幼馴染みに「お疲れ」と手を振りながら背を向けると、(じん)は裏口詰め所にいた警備員へ声をかけてエレベーターに乗り込んだ。  誰が残っているにせよ、常務の務めとしてこんなに遅くまで社員が残らねばならない理由ぐらいは把握しておきたい。  こういう細々(こまごま)とした日々の積み重ねが、会社全体に(ほころ)びを生むことだってあるからだ。  いつもは自室のある八階まで一気に上がることが多い尽だ。  エレベーターに乗り込むなりつい癖で操作パネルの【8】を押してから、『あ』と思って【7】も押した。  直樹が一緒ならこんなミスはしない気がして『頼り切りはいかんな』と苦笑する。  ついでに彼が一緒なら間違えて押した行先ボタンの取り消しもしてくれただろうが、面倒なのでそのままにした。  予定では七階で降りて電気の付いていたフロア――恐らく総務課――へ顔を出すはずだったのだが、目的の階に着いてドアが開いたと同時。  目の前に幽鬼のような様相で、ふらりふらりぐらつきながらひとりの女性が立っていた。 (残業していたのはやはり彼女だったか)  パッと見て、先日ホテル前で見かけた玉木(たまき)天莉(あまり)だと分かったのだが。  想像以上に参っている様子の彼女に、尽は声を掛け損ねてしまった。  いつもの自分ならそれぐらいの不測の事態、何ということもなく乗り越えられるのに。
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