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(……調子が狂うな)
明らかに体調が悪そうに見えたから、てっきり帰宅するつもりでエレベーターを待っていたんだろうと思ったのに、天莉は何故か最上階行きになったままのこの箱へ乗り込んできた。
そのことに軽く驚いた尽は、柄にもなく息を呑んで。
扉が閉まるなり、取り消しボタンを押していなかった箱がそのまま上昇を開始したから、(ちょっと待て。俺はともかく本当に彼女は上へ上がるんでいいのか?)とますます不審に感じた尽だ。
(この状態で、上の階に何の用があるんだ?)
そう思いながら、手すりに捕まって何とか立っている様に見える天莉を観察する。
結局のところ、単なる操作ミスだったらしいと、天莉の慌てぶりを見て容易に推察が出来た尽だったのだが。
自分が「さてどうやって彼女を絡めとるか」と策を巡らせるより先に、目の前で天莉が倒れてしまったから。
とりあえず手っ取り早く天莉を休ませることが出来そうな自室へ運び込んだ尽だ。
だが――。
(いくら非常事態だからって……俺とふたりきりになってしまうような個室へ女性社員を連れ込んだのは法令遵守的にまずかったんじゃないか?)
今更のようにそんな当たり前のことに気が付いて、無意識に吐息が漏れた。
きっとこの場に直樹がいたならば、「お前、やっぱりバカだろ?」と叱られていたことだろう。
尽はソファに寝かせて自分の上着を羽織らせた天莉の様子を遠目に見遣りながら、携帯を手に取った。
電話帳から呼び出したのは、先程帰したばかりの〝伊藤直樹〟。
尽は眠っている様子の天莉を起こさないで済むよう、直樹に用件だけ手短にメールした。
***
ついさっきコンプラがどうのと思ったばかりのはずなに、玉木天莉という女性を見ていると、虐めてみたくなってしまったのは何故だろう。
恐らくは自分を気遣ってのことだ。
ふらふらなくせに「私、すぐにお暇しますので」と、出来もしなさそうなことを申し出てきた天莉に、内心イラついた尽だ。
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