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(何故俺を頼ろうとしない?)
尽には加虐趣味なんてなかったはずなのに、彼女を黙らせるために少し意地悪をしてみたくなって。
「――これ以上まだ何か言うようなら別の方法でキミの唇を塞いでしまおうかと思うんだが……。ひょっとして、玉木さんはそっちをご所望かな?」
尽が把握している玉木天莉と言う女性は、とても真面目で身持ちの固い人物だ。
確か玉木天莉は入社して五年目――。
同期で恋人の横野博視との付き合いもそれに匹敵する長さらしいが、彼以外と何かがあったような不義の噂が立つようなことはもちろん、彼氏である横野とだって、社内での業務範囲を超えるような接触があったという話でさえも、一度たりとも流れたことがないという。
実際一年ちょっと前、尽がここへ赴任して来てからも、そういう噂の類いははついぞ耳にしなかった。
社内恋愛をしている社員ならば大抵、大なり小なり甘々な雰囲気だった、などという揶揄話ぐらいは流れて来たりするものなのに。
そんな天莉が、馴染みのない異性からいきなりそんなことを言われて戸惑わないはずがない。
その先に発展するような事態にはなり得ないと分かっていたからこそのハッタリではあったのだけれど、この場に直樹がいたら間違いなく張り倒されていただろう。
そもそもそんな性的な攻め方で彼女をやり込めたいと思ってしまったこと自体に、尽自身驚いていた。
そもそも――。
何故自分は「少し黙りなさい」という言葉とともに玉木天莉の唇へ指先を触れさせてしまったのだろう。
女性社員の身体へ不用意に触れるなどと言う行為は、あってはならないことだ。
それなのについ無意識。思わず触れてしまった天莉の唇は思いのほか柔らかくて。
不覚にも、尽は指以外の部分でもそこへ触れたいと思ってしまった。
(俺の危機管理能力は一体どこへ行ったんだ?)
そこで尻ポケットへ入れていた携帯がブブッと短く、メッセージの受信を知らせる振動を伝えてきたから良かったようなものの――。
それがなかったら、尽はあのまま天莉の上から身を離すタイミングを逸していたかも知れない。
(どうかしてるな……)
何故そんなことになってしまったのか、自分でもよく分からないが、少し頭を冷やした方が良いかもしれない。
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