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そんなことを思って天莉から身体を離した尽だったけれど、それでもせっかくここまで近付けた天莉を易々と離してやるつもりはなくて。
天莉が一人暮らしなのをいいことに自分の家へ来いと強要してしまった。
一人の人間として、弱っている相手を捨て置けないというのはもちろんある。
尽だって人並みにそういう感情は持ち合わせているつもりだ。
だが――。
だからと言ってさして親密でもない部下――しかも異性――を一人暮らしの自宅へ誘うのは違うというのも頭の中では分かっている。
もっともらしく天莉へ告げたように、まだ一人でどうこう出来そうにない様子の彼女が心配ならば病院へ送り届ける方が無難だし、よしんばそれを拒まれたなら『じゃあせめて頼れる家族や友人はいないのか?』と聞くのが普通の流れだろう。
それらの可能性を全てすっ飛ばして『うちへ来い』は正直飛躍しすぎているし非常識だ。
にもかかわらず、自分の問いかけに天莉が泣きそうな顔をして悩んでいるのを見て、尽はもう一押しだと思ってしまった。
「俺が今ここにいるのは、たまたま忘れ物を取りに戻っただけに過ぎない。――明日も早いし、出来れば寄り道などせず真っすぐ家へ帰り着きたいんだがね。生憎こう見えて、体調不良の部下をそのまま見過ごしておけるほど冷血漢でもないんだよ。もちろん、キミが抵抗を感じる気持ちも分からなくはないが、俺の顔を立てると思って大人しく従ってはくれまいか?」
本当は忘れ物なんてなかったくせにそこは嘘も方便。
適当な理由をでっち上げて自分のために決断をして欲しいと迫ったら、背後の天莉が息を呑む気配がした。
「で……でも、高嶺常務……」
それでも胸前でギュッと手を握りしめて天莉が逡巡するから。
「キミが俺の提案を受け入れ切れずに迷っている一番の理由は何? まずはそれを考えてみて?」
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