(22)紗英の身勝手な言い分

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 眼鏡の奥で冷たく澄ました視線を送ってくる高嶺(たかみね)(じん)を夜通し責め立てて、『もう無理だ、()かせてくれ』と泣かせてみるのもいい。  博視(ひろし)の言葉を信じるならば、玉木(たまき)天莉(あまり)は不感症のマグロ女だ。  そんな女で満足できるような男なんて、紗英(さえ)のテクニックにかかれば、滅茶苦茶に乱せるに違いない。 「はぁーい。だいじょーぶですよぉ?」 「そうですか。分かりました」  紗英の言葉に高嶺尽は小さく吐息を落とすと、まるで気持ちを切り替えるみたいに眼鏡のリムに触れて少し角度を正して。 「……江根見(えねみ)部長から、お子さんを流産なさったとお聞きしましたが、体調は如何ですか?」 (えっ。そこぉ? もう! 告白はいつしてくれるのぉ?)  すぐさま『私とお付き合いしてください』になると思っていた紗英は、尽の予期せぬセリフに拍子抜けしたけれど、そこはおくびにも出さずに口を開いた。 「……身体の調子は大丈夫なんですぅ。ただぁ……」  そこでわざと言葉に詰まるふりをしたら、則夫(のりお)が紗英に代わって補足説明をしてくれる。 「――子供を失うちょっと前から娘は婚約者の横野くんと連絡が取れなくなっていましてね。そのせいで心痛が(たた)ったのでしょう。流産の原因はストレスだと医者から言われました。私も孫の顔を見られるのをとても楽しみにしていたのに……本当忌々(いまいま)しいことです」  最初から居もしなかった子供の話なんて、自分からするのもかったるい。  父・則夫が自分に甘々なことを、心の底から感謝した紗英だ。
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