(23)許してやるつもりなんてない

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 すっかり黙り込んでしまった紗英(さえ)を見下ろしている横野へちらりと視線を流した所で、携帯が着信を知らせてきて。  画面を見ると直樹からだった。 『頼まれていた手配はもう済んでいます』  手短かに用件から入った直樹が、少し間を置いて『――ところで高嶺(たかみね)常務』と声を掛けてくる。  (じん)が「なんだ?」と答えると『場所はまだ移していらっしゃらないままですか?』と問うてきて。 「ああ。本人の希望でもあるからな」  尽の足元へ座り込んで耳を塞いでしまっている江根見(えねみ)紗英(さえ)にちらりと視線を投げ掛けて鼻を鳴らしたら、直樹が『……でしたら今すぐどこか個室へ移動してください』と吐息を落とす。  その言葉に尽が異論を唱える隙も与えず低めた声音で直樹が言った。 『それ以上そこで話を続ければ、玉木さんの名誉に関わります。それに――』  そこで言葉を止めた直樹だったけれど、尽には長年連れ添った幼なじみが言わんとしていることが即座に理解できた。  直樹はきっと、これ以上この場で断罪を続ければ、考えの浅はかな他の三名はともかく、狡猾老獪(こうかつろうかい)な江根見則夫に、『高嶺(たかみね)常務から皆の前で恥をかかされた。パワハラを受けた』と反論させる隙を与えかねない、と言いたいのだろう。  至極冷静な直樹の指摘に、尽は天莉(あまり)のことがあって頭に血が上っていた自分を自覚して苦笑する。  気持ちを切り替えるように小さく吐息を落とすと、「私の執務室へ移動する」と告げた。 ***  (じん)がすぐ上のフロアにある常務取締役執務室への移動を(うなが)すと、その方が自分たちの痛手も少なくて済むとでも思ったのだろう。  風見(かざみ)斗利彦(とりひこ)が二つ返事でうなずいて。  しゃがみ込んだままの紗英(さえ)に「江根見(えねみ)さん、行こう?」と誘い掛けた。
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