(23)許してやるつもりなんてない

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江根見(えねみ)部長。それは場所が違えば婚約者がいても娘の浮気は許すと言う意味ですか?」  博視(ひろし)からの静かな問い掛けに、則夫(のりお)が部下を睨み付ける。 「何だ、横野、その口の利き方は! お前まで盾突(たてつ)くつもりか!」  日頃(おおやけ)の場では「私」と称していた則夫が、「わし」と()を丸出しにしてしまっているのは、それなりに心がざわついている証拠だろう。  相当苛立った様子の上司からの恫喝(どうかつ)に、しかし博視は全くひるむ様子もなく――。 「俺からもお嬢さんに慰謝料を請求させて頂こうと思います」 「はぁ!? お前まで何を言い出すんだ!」 「そうだよ、博視まで紗英(さえ)をいじめるなんて……酷いっ」  社内で大々的に婚約発表をしたうえに、婚約指輪だって紗英に贈っている横野博視には、その権利があるだろう。  だが、何やら三人で揉め始めたその様を見て、(じん)釈然(しゃくぜん)としない。  天莉(あまり)とは恋人同士だったから立場は違うだろうが、博視が天莉にしたことも、紗英が博視にしたことと大差ないと思えたからだ。 (せいぜい調子に乗っているがいい。お前には俺がそこの父娘(おやこ)ともども引導を渡してやる)  博視にふられた直後の天莉の傷ついた姿を知っている尽としては、まるで自分だけ蚊帳(かや)の外で被害者面(ひがいしゃづら)をしている横野博視のことが心底腹立たしくて仕方がない。  日和見(ひよりみ)男の風見(かざみ)斗利彦(とりひこ)はそんな親子と婚約者のトラブルに巻き込まれまいとしているのだろう。先程からだんまりを決め込んでいた。  だが席的に江根見(えねみ)親子と博視に挟まれているから居心地が悪いらしい。  始終うつむいたままで表情が見えない。 「先程から黙っていらっしゃいますが、風見課長も紗英とは関係を持たれていたようですし、事実関係を明らかにした折には改めてお話させて頂きます」  だが、博視はそんな風見にも容赦(ようしゃ)するつもりはないらしい。  そこに関しては勝手にしてくれと思った尽だったが、放置しておいたらどんどん話がそちらに持っていかれそうだったので、場を仕切り直すことにした。 「――ヒートアップしてきているようですが、低俗な揉め事は後ほどにして頂けますか?」  言いながらも、(もっとも、このあと四人で顔を突き合わせて話せる機会があればの話だがな)と心の中で付け加えた尽だ。  尽は背後に立つ直樹へ目配せすると、「先生を呼んできてもらえるか?」と問いかけた。
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