(24)尽の正体

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「これ以上の長居は高嶺(たかみね)常務の業務妨害になります。皆さん、早々にお引き取り下さい。……あ、もちろん――」  そこで一旦言葉を止めると、 「そのまま仕事に戻られては他の社員たちの士気にかかわります。早急に荷物をまとめて退社なさって下さい。明日以降も、そのまま何か沙汰があるまで出社される必要はありませんのでそのつもりで」  言って、静かに執務室の扉を全開にすると、有無を言わせず皆の退室を(うなが)した。  しん……と静まり返った室内で、(じん)は改めて桃坂(ももさか)正二郎(しょうじろう)弁護士に向き直ると、 「桃坂先生、これからもしばらくはごたつくと思いますので、色々とご助力頂ければ幸いです」  言って、深々と頭を下げた。  桃坂はそんな尽を優しいまなざしで見つめると、「もちろんだよ、尽ちゃん。お父さんからも頼まれているからね」と微笑んだ。  それを聞いて尽は思わず苦笑する。 「ああ、あの人は死ぬほど過保護ですから」 「尽ちゃん、お父さんのことをそんな風に言わないであげて? 親というのはね、我が子のことはいつまでも心配なモノなんだよ。実際、僕も小さい頃から知ってるからかな。尽ちゃんとナオちゃんのことは気になって仕方がないからね」  目尻にくしゃっとしわを寄せて微笑まれて、それ以上悪態(あくたい)を付けなかった尽だ。 「……有難う、ございます」  仕方なく素直に礼を述べたら、ちょいちょいっと手招きされて。  顔の位置を低くするように(いざな)われるままそうしたら、頭をポンポンと優しく撫でられた。 「ホント昔はこんなにちっこかったのに二人とも大きくなって……。頭を撫でるのも一苦労だ」  自分の膝頭(ひざがしら)辺りに手のひらを(かざ)桃坂(ももさか)に、「いつの話ですか……」と苦笑したら「三十年ほど前だね」と目を細められて。  尽は、目の前の弁護士先生と自分とは、時の流れ方が違うんだなと苦笑する。
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