(25)あとはキミが「はい」と言うだけだよ*

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「えっ」  さっきから「えっ」と何度つぶやいたことだろう。  そこでふと、天莉(あまり)(じん)と一緒にアパートの解約に行った日のことを思い出した。  二年間の契約期間を更新したばかりだったこともあり、違約金との兼ね合いで敷金礼金はほぼ返ってこないと言われたのだけれど。  尽は天莉の返事を聞く前に「問題ありません」と即答してしまったのだ。  天莉が「や、ちょっと待って、尽くん」と戸惑いに瞳を揺らせたら、「天莉。オレオもお迎えしたと言うのに……。キミはもしかして二重生活を続けるつもりなの?」と眉根を寄せられて。  天莉が言葉に詰まっているうちに、半ば強引に解約を押し切られてしまったのだ。  もちろん、尽のマンションに住むようになってからと言うもの、アパートへ戻ることはなくなっていたし、家賃を払うことをもったいないかな?とは思っていたのだけれど。 (お金のこともあるし……もう少し迷わせてくれても良かったんじゃないのかな?)  天莉がほんのちょっぴりそんな不満を抱いたのくらいは許して欲しい。  尽には、時折性急にことを運び過ぎて強引な面が見え隠れすることがある。  直樹が一緒にいたならば、恐らく『玉木さんの意見も聞かずに勝手なことをなさるのは感心致しかねます』と(いさ)められるところなんだろう。  だが頼みの綱の直樹も、天莉と過ごすプライベートは二人きりになれるよう遠慮してくれることが増えたから。  ちょいちょいそういう弊害が出ていたりする。 (私がハッキリ言わないのがいけないんだろうけど)  どうしても尽に「ダメ?」と大型犬みたいな甘えた目で見つめられると「ダメ、じゃ……ない」とついあけて通してしまうのだ。
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