(4)そう言うことでしたら今夜はとりあえず

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「ああ、言ったな。だから俺は今、こうしてお前に相談してるんじゃないか」 (いやいや、高嶺(たかみね)常務っ! 今のは相談って言うより決定事項の伝達でしたよっ!?)  そんな風にそわつく天莉(あまり)を置いて。  (じん)の悪びれない反論を聞いた直樹(なおき)は、ちらりと天莉に視線を流すと「はぁー」とこれみよがしに吐息を落とした。  そうして、まるでような雰囲気を漂わせるから。  その様子に一抹の不安を覚えた天莉だ。 「――粗方(あらかた)の事情は理解した」  ややしてポツンと直樹がつぶやいて。  天莉は『だけど常識的に考えて、そんなの認められるわけないだろう?』と、直樹が尚も尽をいさめる言葉を重ねてくれるのを期待したのだけれど。  天莉の予想に反して直樹が次の会話の矛先に選んだのは、何故か天莉の方だった。 「玉木さん、この男が部下たちの動きをしっかり管理し切れていなかったばかりに、貴女には大変しんどい思いをさせてしまったようですね。これは彼を補佐する僕の責任でもあります。――本当に申し訳ないことをしました。すみません」  直樹がさり気なくすぐそばの上司を非難する文言を交えながら発した言葉は、天莉への気遣いを多分に含んでいた。けれど、当然天莉が欲しいものではなかったから。 「――あ、あのっ」  それですぐには反応できなくて、戸惑いに揺れる瞳で直樹を見詰めたら、「ん?」と視線を返されて、ふわりとした営業用スマイルを向けられた。  髪をセンターパートに分けて軽く後ろへ撫でつけるような髪型をした尽は、鋭い眼光をした猛禽類(もうきんるい)のようなシャープさを持った美形だけれど、笑うとどこか人懐っこい大型犬みたいな雰囲気になる。  だが直樹は――。  ふわりと下ろされた前髪のせいだろうか。  一見幼くさえ見えるのに、その実いまみたいに視線を合わせると、爬虫類(はちゅうるい)――とりわけ蛇――みたいな冷たさを兼ね備えた美貌の持ち主にしか見えなくて。  笑うとそれなりに表情は(やわ)らぐのだけれど、尽とは違って目の奥に常時冷え冷えとしたものが漂っているからだろうか。 (伊藤さん、何か怖い……)  底の知れない不安に、天莉はいつの間にか尽の上着の下で隠された両腕に、ぞわりと鳥肌が立っているのに気が付いた。  この上なく柔らかな笑みを向けられているはずなのに、この悪寒は何だろう。  天莉は尽のジャケットの下、所在なく組んだ手指にギュッと力を込めた。
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