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(くそっ! 何で僕がこんな損な役回りをしなきゃけないんだ!)
笑顔で天莉に話しかけてはいたけれど、その実、直樹は尽に対する怒りでどうにかなりそうだった。
そういう押し殺したはずの感情が、まさか天莉に恐怖心を与えているなんてことにまでは思い至れなかった直樹だが、そこはまぁ直樹自身怒りをぶちまけないでいることで一杯一杯だったのだから致し方あるまい。
(こんなことがなければ、僕はとうの昔に家で……今頃は――)
だって、そんな叶わない〝たられば〟を考えて、(それはさっき、僕のメッセを無視して尽が暴走気味だと分かった時点で諦めただろ?)と心の中で自分に言い聞かせる程度には、直樹だって心の葛藤を繰り広げていたのだから。
***
「大変不本意ではありますが、今回玉木さんがこんなことになってしまった原因は僕にも非があると認めたうえで、ひとつご提案です」
〝不本意〟のところに思いっきり感情を込めてそこまで言って。
直樹は勿体付けたように一呼吸置くと、わざとらしく尽をちらりと見遣った。
そうして、尽と天莉二人の視線が存分に自分へ引きつけられていることを確認すると、おもむろに言葉を続けてみせる。
「――そういうことでしたら、今夜はとりあえず僕の家にいらっしゃい」
「えっ……?」
「ちょっ、直樹! お前いきなり何を!」
案の定、直樹がまいた種に、天莉はキョトンとした反応をし、尽はこの上なく苛立たし気な様子も隠さず直樹に噛みついてきた。
「玉木さん、ハッキリ申し上げます。高嶺尽の家に行くよりは、僕の家にいらっしゃる方が数百倍安全です」
「で、でもっ」
とりあえず自分が連れて行かれそうな先が変わっただけという認識程度で、根本的な状況の変化が呑み込めずに目を白黒させている天莉のことは一旦保留しておこうと心に決めた直樹だ。
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