(1)最低最悪のバースデー

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「もぉ、博視(ひろし)ぃ。まだ会社には内緒なのにぃ。先輩に言ったらバレちゃうじゃぁ〜ん?」 「いいんだよ。週明けには報告するつもりだったし。つわりで仕事、色々しんどいだろ?」  ギュゥッとこれみよがしに博視に抱きつく紗英(さえ)を見て、 耐えきれなくなった天莉(あまり)はくるりと(きびす)を返した。 (本当につわりなら、料理なんて食べられるわけないじゃん。博視、その子に騙されてるんじゃない?)  そう思ったけれど、負け犬の遠吠えみたいになりそうだったから、言わずにおいた。  そもそも博視が天莉に別れを切り出したのはつい今し方なのだ。 (それなのに子供が出来たって……俺はお前と彼女に二股かけて浮気してましたって公言してることに気付かないの?)  ――バカなふたり。  すぐ隣の男性(こいびと)が、長いこと別の女性と付き合っていたことを知りながら、後から割り込んだ自分をこそ本命にしてくれると信じて疑わない狡猾(こうかつ)な女の子に、骨の(ずい)までしゃぶり尽くされたらいい。  考えてみたら、天莉と付き合っていた時、博視はこんな高級なホテルでの食事になんて、誘ってくれたことはなかった。  いつも安価なファミレスか、天莉が材料を買って帰って自分の家で作ってご馳走していたなと思って。  何だかそんなことを思い出したら、にわかに色々とバカらしくなってしまった。 「あれぇ? 玉木先輩(せんぱぁい)? お食事はなさらないんですかぁ?」  そんな、どこかみたいな声が背後から投げかけられたけれど、天莉はもう振り返ったりしなかった。
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