(5)俺も今夜はお前ん家に

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***  じっくり数えてジャスト二秒――。  天莉(あまり)から唇を離すと同時。 「こぉの大馬鹿野郎がっ!」  あごめがけて直樹(なおき)の右ストレートが飛んできた。  天莉に許可なく触れたのだ。  直樹から叱責されることは覚悟していたけれど、さすがに言葉と一緒にここまで本気のパンチが飛んでくるとは思わなかった。  それで思わず条件反射。  自分に到達する前にパシッと直樹の(こぶし)を手のひらで受け止めてしまった(じん)だ。  まるで平手打ちでもされたみたいな乾いた音がして、直樹の攻撃を受け止めた右手にじん……と重い痛みが走る。 「直樹(なお)、お前……いくら何でも本気で殴りすぎだろ」  ギュッと直樹の手を握り込みながら言ったら、直樹が怒りに肩を震わせたまま尽を睨み付けてきた。  直樹は尽に握られたままの手を強引に引き抜くと、「玉木さんっ、大丈夫ですか?」と呆然自失のままの天莉に駆け寄る。  尽はそれを見下ろしながら天莉に問うのだ。 「――なぁ天莉。キミは今、俺に口付けられてイヤだったか?」  と――。 ***  (じん)にいきなり口付けられてパニックになった天莉は、余りの衝撃に動作のすべてが停止した。  でも頭の中では、『高嶺(たかみね)常務の唇、柔らかかったな』とか、『舌を入れられたわけじゃないし……もしかして常務、足を滑らせちゃったのかな?』とか、『あ、うん。やっぱり事故だ、そうに違いない』とか……取り留めのない思考がグルグルと回る。  そんな呆然自失の天莉の目の前で、直樹が尽を殴ろうとして。  いつもなら慌てふためくシーンのはずなのに、それすら映画の中での出来事みたいにぼんやり眺めてしまっていた天莉だ。 「玉木さんっ、大丈夫ですか?」  自分の目の前にひざを折った直樹にそう詰め寄られてやっと。  天莉(あまり)は、『あれはやっぱり現実だった?』と思ってにわかに恥ずかしくなる。  そんな天莉に、直樹の攻撃を軽くいなした尽が、「俺に口付けられてイヤだったか?」と問いかけてきて――。  天莉は小さく吐息を飲んだ。 (私……)  尽の柔らかな唇の感触が残る口元に触れて、天莉は直樹の背後から自分を見下ろしている尽を見詰め返した。
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